西部チベット、中尼公路旅行記
( チョモランマ・カイラス展望・ピヤントンガ遺跡観光 )

西チベット(ンガリ)といえば、カイラス山(カン・リンポチェ)、マナサロワール湖(マパム・ユムツォ)、グゲ遺跡、幻の王国、謎の石窟遺跡等など。
ンガリは今でこそチベット最辺境に甘んじているが、かつてはチベットの歴史で重要な役割を果たした場所である。吐蕃よりも古い歴史を持つ
王国もあり、仏教復興に力を注いだグゲ王国が繁栄を誇り、ラダックと並ぶチベット高原西部の一大中心であった。しかしこれらの文化遺産は、
現在は土塊と化した廃墟が広がるばかりだそうだ。この地に初めて足を踏み入れた日本人、河口慧海師の「チベット旅行記」等で興味があった。

去年(2001年)の年末,テレビ朝日の「チベット・シルクロード」を見て深い感動を覚えた。ヒロヤマガタが、ラサから1500キロ以上西にある
チベットのピヤントンガ遺跡に行き、テレビカメラ初取材という番組。グゲ遺跡の近くにあるピヤントンガ遺跡は敦煌を上回る2000を超える石窟
貴重な極彩色の仏教壁画があるという遺跡だが、発見されたのが10年前の1992年。行って見たいなとなんとなく思っていた。今年になって
3月3日NHKスペシャル、天上のシルクロード〜幻の都ピャントンガ〜を見て、どうしても行ってみたくなつた。しかし、現在学術調査中で
一般公開してないし、とても観光旅行では無理だろうと思ってましたが、いろいろと調べていましたら、東京日本橋の旅行社が企画していて
現在希望者は5名だそうで僕を加えると6名になり、催行可能となるとの事で、行けそうなことが判りました。しかし、グゲ遺跡は見れるが
ピャントンガ遺跡は行って見ないと判らないとの事でしたが、体力的にも年齢的にも早くしないと無理になりそうなので下記の日程で
寝袋をもって僕一人で参加することにしました。高山病が心配で、3月20日から断酒しました。毎日3000m,プールで泳いだり、歩いたり
して鍛えています(もう15年目になりました)ので自信はありました。トイレも充分ではない、20日間風呂にも入れない旅行とのことで覚悟して
僕は福岡空港−関西空港経由で参加しました。

日程は5月26日(日)〜6月16日(日)22日間 東京(羽田) 大阪(関西空港) カトマンズ(1泊) ニェラム(2泊) ディンリー(2泊) サガ(1泊) 
チョンパ(1泊) パヤン(1泊) マユム峠(1泊) タルチェン(1泊)ムンツェル(1泊) ツァンダ(3泊) ムンツェル(1泊) マナサロワール湖(1泊) 
パヤン(1泊)サガ(1泊) ザンムー(1泊) カトマンズ(機中泊)  大阪(関西空港) 東京(羽田)の予定でした。



参加して驚いたことは、旅行のベテラン揃い、100回以上の外国旅行経験者、年間10回以上の外国旅行の経験者、秘境、砂漠などの旅行経験者
参加者は9名、年齢も72歳2名、60歳台が5名、50歳台以下が2名でした。私の旅行経験は参加者中、下から2番目程度でド素人の部類でした。


● 5月26日 はカトマンズ(標高1300m)1泊の後、

● 5月27日 ネパール、中国国境のザンムー(2350m)の友誼橋を渡りチベットにいりました。

我々9名は中国側の4WDに乗り換えてに、ニエラム(3750m)まで標高差1400mの30Kmの険しい悪路の坂道を2時間30分
かけて一気に登りました。しかし、ここで9名のうち6名に高山病の初期症状が発生、5人は注射や点滴、酸素吸入などで完治しましたが、1人が
重症で9日間も酸素吸入をすることになりました。私も例外ではなく、悪寒、頭痛、発熱(37.2度) 30分酸素を吸って薬を飲み事なきを得ました。

● 5月28日 (5/27−29高地順応のためこのニエラムで3泊) シシャパンマ峰を眺める丘や街を散策したり

● 5月29日 ニエラム渓谷を見下ろす丘の中腹に建つミラレバ寺院を観光しました。


ここからが本格的な旅の始まりでした。使用車両は 4WD3台、食糧、水、燃料満載の5TONトラック1台の4台、スタッフは 運転手4名、
ガイド3名(添乗員を含む) コック2名 医師1名の総勢19名の体制でスタートしました。今回の旅の私の主目的地はピヤントンガ遺跡でしたが
以外や他の8名の主目的地はカイラス(カン・リンポチェ)とエヴェレスト(チョモランマ)展望でした。秘境旅行の究極の目的地らしいのです。



一行の記念写真 総勢19名ですが一人が撮影のため写真は18名です。

● 5月30日 ニエラムから中尼公路(主要道路ですがかなりの悪路)を辿りミラレバからヤレル村を経て急坂を登りヤレル・シュン・ラ(峠)

(5100m)、ラルン・ラの二つの峠を越えて
ディンリー(4300m)まで155Kmを
5時間30分かけて移動。

● 5月31日、高山病の症状の残る4人を残して5人で2台の4WDでチョモランマ・トレッキング・ルート(片道97Km)

往復約8時間かけてベースキャンプ地(5200m)を観光、途中、今回の旅行の最悪路で悪戦苦闘でしたが
チョモランマの展望を楽しみました。


● 6月1日 ディンリーからサガ(4500m)までの244Kmの移動に、砂漠の悪路と険しい瓦礫の悪路を

10時間、途中、広大なベングウ湖を眺め、ヤルッツアンポ河の渡しを越えてやっと辿り着いた
言う実感でした。


● 6月2日、 問題発生。ここのサガで給油の予定で約束していたガソリンスタンド(国営)が日曜日で責任者がいないので給油できない9:30出発
の予定が待てど暮らせど現れず、最終的に4:00になってやっと給油が出来、パヤン泊まりの予定をを変更、145Kmのチョンバに1泊。


● 6月3日 87Kmのパヤンで1泊


● 6月4日 パヤン河をを見ながら、マユム・ラ(5216m)を超えてマナサロワール湖を眺め、聖山カイラスのの麓、巡礼の村

タルチェン(4675m)へ、この間、335Km,約12時間。ここで高山病で重体の1名、持参の酸素を消費し
尽くして、プラン(3800m)までガイド1名と医師に付添いで下り、軍病院に入院、以降8名+スタッフ8名の16名で旅行継続。


● 6月5日 終日かカイラス観光、車でタルボチェと呼ばれるサカ・ダワ祭(聖地の柱を取り替えるお祭り)
の地で車を降り、カン・リンポチェ(ヒンドウー教、ジャイナ教、ボン教、仏教徒の最高の聖地)の巡礼路(一周52Km通常3日かかる)を約往復3時間
経験巡礼をした。


● 6月6日 タルチェンから71Km離れたムンチェル(4300m)へ、4時間程度で到着、10Km南西に離れたところにある

聖地ティルタプリ(温泉、間欠泉)を観光。


● 6月7日 ツアンダへ、268Kmの最難路の長距離ドライブ、ジェルコ・ラ(4900m)、

ラドンカンパ・ラ(4800m)を超えて、パル村まで、これからは支援のトラックは走行困難の為帰りまで3日間ここで

待機することになり、3台の4WDに給油、
「土林」といわれる、独特の地形の中を(グランド・キャニオンに

似ているが、それより細かい浸食模様)ナムル経由、ゾンチュン・ラ(5167m)

アイ・ラ(5076m)、ロチェ・ラ(5240m)の3峠を越えてサトレジ川(ランチェン・ツアンポ)

の河畔の町
ツアンダへ約9時間30分かけて到着。


● 6月8日 午前中、トリン・ゴンパ(寺院)のラカン・マルポ(紅宮)、ラカン・カルポ(白宮)

を観光、午後、西方18Kmにあるグゲ王城ツァパラン(3650m)へ、グゲ遺跡を観光。


● 6月9日 ピヤン・トンガ遺跡観光、運が良いのか、幸いにも6月1日から一般公開されたとのことで念願が叶う。ツアンダから40Kmほど

難路を引き返したところに、
トンガ村ピヤン村があり
独特の「土林」地形の中に、2000を超える石窟が展望された。


● 6月10日 帰路第一日目、「土林」地形の中を、トラックの待つ、パル村経由、ムンチェル(泊)へ


● 6月11日 ムンチェル(4300m)から95Kmのマナ・サロワール湖のチュ・ゴンパ村(4700m)へ。目前にマナ・サロワール湖が広がり
ガンガチューの川が流れる。ここで高山病のため入院していた1人も回復し、ガイド、医師とともに復帰、全員揃う。
温泉がわいており、入浴するが、39度で、湯量が少なく、風邪をひかなかったのが幸い程度でした。


● 6月12日 マナ・サロワール湖畔を散策、チュ・ゴンパを観光の後、300Kmドライブ、10時間かけてパヤン(泊)


● 6月13日 232Kmドライブ、8時間かけてサガ(泊)へ


● 6月14日 262Kmドライブ、10時間(ヤルッツアンポ河の渡しの待ち時間を含み)かけてニエラム経由、ザンムー(泊)へ。ニエラム、ザンムー間は
往路2時間30分かかったが、復路は1時間、深山峡谷もこれに極まれりの風情なれど、夕方小雨模様と霧で、また4WDの悪路走行のため、
写真撮影ままならずに残念。久方振りのホテル・ザンムー賓館にてシャワー。


● 6月15日 中尼国境の友誼橋を徒歩でネパールに入り、専用バスにてカトマンズへ途中、ト・ウリケル・マウンテン・リゾート
ホテルにて昼食、市内、ラディソン・ホテルにて、入浴、休憩後、カトマンズ空港へ


ネパールのバスを含み、約3000Kmの4WDのドライブでした。4WDは日本製、1989年製 走行18万Km 85年製 走行25万Km 
85年製 走行39万Km度々のオーバーヒート、エンジン・ストップ、パンク、スタックなどを考えるとほぼ計画どうり走行できたのは、
幸運と言うべきか?・・・チベット人のドライバーの修理技術によるものと思う。


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