イシククル湖

玄奘三蔵は1300年前、遥かインドへ旅立った。途中、タクラマカン砂漠から万年雪の天山山脈を越え、多くの人馬を凍死させながらイシククル湖岸にたどり着いた。
湖は冬も凍らず現地語で「熱い(イシク)海(クル)」と呼ばれていた。彼の著した『大唐西域記』に「山を行くこと四百余里で大清池についた。周囲千余里、東西に
長く南北は狭い。四面山に囲まれ多くの河川はここに集まっている。色は青黒みを帯び味は塩辛くもあり苦くもある。大きな波が果てしなく、荒い波が泡立っている。
龍も魚も共に雑居し、不思議なことがときおり起こる。それで往来する旅人は供え物をして福を祈るのである。魚類は多いが、あえて漁をして捕獲するものもない」 
井上靖もこの湖の訪問を終生の夢としていたらしい。冷戦時代は化学兵器の研究施設があり、外国人の立ち入りが禁止されていた。東は天山の7000m,南に
キュンゲイ・アラタウの5000m、北にテルスケイ・アラタウの4000m級の山脈に囲まれ湖面は海抜1609m、東西180km、南北30-70kmの細長い湖だ。周囲700km
で琵琶湖の9倍もあり、水深は702m(10年前は668m)世界第4位、透明度もバイカル湖に次で第2位、湖面の色は吸い込まれそうな青さを湛え、まさに龍が棲ん
でいてもおかしくない雰囲気である。現在は漁も行われている。この湖には三つのナゾがある。一つは冬でも凍らないこと。熱い海だが温泉が湧き出しているわけ
ではなく塩水湖であるためだ。また、この湖には多くの河川の水が流れ込んでいるが、この湖から流れ出る川が一つもないことだ。 もう一つは、湖底にオアシス
都市が沈んでいると言う伝説。シルクロードの要衝として栄えていたが、ある時期、天山の雪解け水の氾濫で湖底に沈み、湖岸の波打ち際には青銅器や土器が
打ち上げれる。十数年前、NHK取材班が湖底の集落の跡を撮影した。



イシククル湖(ホテルの窓からの黎明)



イシククル湖畔



黎明のイシククル湖







  

透明度もバイカル湖に次いで高い                          湖畔黎明の月     



キュンゲイ・アラタウの5000m級の山脈



湖畔のホテルの

  

湖岸の並木の道路                         タクラマカン砂漠への天山路との分岐点を通過

    

警備の警官                 魚の乾物売り                           湖岸の西方だけが開けている  


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