ルクソール西岸

古代から太陽の登るナイル川の東岸は神と生者の住むところで神殿を造り、家を造り生活の場でしたそれに対して太陽が沈むナイル川
の西岸は、再生・復活を意味する「死者の都」(ネクロポリス)と呼ばれ死者の住むところとされてきました。葬祭殿やマスタバ墳や
墓所は西岸に造営しました。ルクソール(テーベ)でも 新王国時代のトトメス1世以降の歴代のファラオが王家の谷に自分のお墓を
造りました。墓は盗掘を避けるため地中に長い通路を掘り、奥深くに玄室を造りました。
 


東岸から葬祭殿や墓所の王家の谷のある山を眺望できる。第18王朝第3代のファラオ、トトメス1世、トトメス2世、トトメス3世
(摂政ハトシェプト女王)、アメンホテプ2世、トトメス4世、アメンホテプ3世と継承された紀元前1520年〜1400年ごろのことです



メムノンの巨像(アメンホテプ3世葬祭殿の入口の巨像)

 

アメンホテプ3世葬祭殿は残っていない。トロイ戦争で死をとげた英雄メムノンの母は神ゼウスに復活を願いましたゼウス神は二つの
巨大な像にし息子の霊に会えるようにしました。その像は朝日が昇るとき物悲しい声をあげたといいます。この巨像に地震の際に
亀裂が入り朝陽が当たると奇妙な音を出すようになったためにこの名がある。後に修復されてからは音はしなくなった。



 

ハトシェプト女王はトトメス1世の娘、トトメス2世の妻、トトメス3世の義母なのです 6歳のトトメス3世が即位その後見人が女王だった
 ファラオに即位していないので女王の業績はトトメス3世の治世年となっています 傀儡にされていたトトメス3世は権力を握った後、
壁画中の女王の姿はすべて削りとってしまいました



この葬祭殿は、王家の谷の表に位置し実際の墓を隠す役割も果たしています 葬祭殿から王家の谷へ山越えでまで歩くコースもあるようです

 

王の壁画や像は男性の姿をしていて男性だと思われていました。駐車場からトレーラーに引かれた車で行きます


王家の谷

 

入り口から遊園地にあるようなトレーラーに引かれた車に乗って墓まで行きます

 

ラムセス6世の墓の看板と入口

 

ツタンカーメンの墓の説明の看板と入口 カメラは持ち込み禁止でした


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